

まだセクシュアリティを自覚していない、クィアなふたりの人生
ノンバイナリーの漫画家、南Q太が手掛ける『ボールアンドチェイン』の主人公はふたりいる。婚約者との結婚を控えている若者の〈けいと〉と、夫との離婚について悩んでいる五十歳の〈あや〉。立場も年齢も大きく異なるふたりの共通点は、社会の「あたりまえ」に縛られている、「AFAB(Assigned Female at Birth:生まれたときに割り当てられた性別が女性)」の「クィア(規範的とされる性のあり方から逸脱している者)」だということだ。
〈けいと〉は、自分のジェンダーアイデンティティに悩んでいるが、そのことを婚約者に理解してもらえない。見た目や振る舞いなどについて、周囲から「女らしさ」を押し付けられ、会社や婚約者の前では「僕」という一人称を使えないでいる。〈けいと〉が縛られている「あたりまえ」は、性別は男と女の二つだけという性別二元論、女性として生まれたものは「女らしさ」を身につけるべきというジェンダー規範である。
〈あや〉は、男性との性愛に興味がなく、結婚も望んでいなかった。しかし、経済的苦境に陥ってしまったことによって、結婚をして主婦となり、子どもを産んで育てている。冷え切った結婚生活を送るなか、夫の不倫疑惑が浮上したことがきっかけとなって離婚を考えているものの、経済的に夫に依存している専業主婦のため、なかなか離婚に踏み切ることができない。〈あや〉が縛られている「あたりまえ」は、女性として生まれたものは男性と番うべきという異性愛規範、女性として生まれたものは男性と結婚して主婦になり、経済的に夫に依存しながら家事・育児を担当するという性別役割分業観である。
〈けいと〉も〈あや〉も、自分のセクシュアリティ(ジェンダーアイデンティティや性的指向など)をはっきりと自覚していないものの、社会の「あたりまえ」に自分をフィットさせることのできないクィアであり、女性として生まれたことによる困難にぶつかっている。作中でふたりが直面している困難の描写は、現実社会を生きるAFABのクィアにとって非常にリアルなものである。
女性という性別を割り振られて生きていくこと、男性と結婚をして家事・育児を担うこと。これらはAFABの人々に対して「あたりまえ」のこととして要求されることだが、その「あたりまえ」に自分を当てはめて生きることができない者や、「あたりまえ」を引き受けたことで苦境に立たされている者がいる。『ボールアンドチェイン』は、そのような日本社会の歪みを鮮明に描き出している。
〈けいと〉と〈あや〉、全く別々の人生を送るクィアなAFABのふたりが、これからどのような人生を辿るのか。歪みを抱えた日本社会のなかで、自由な人生を手に入れることはできるのか。主人公ふたりの今後が気になる作品だ。
『ボールアンドチェイン』のあとがきで紹介されている書籍
『ノンバイナリーがわかる本 heでもsheでもない、theyたちのこと』 明石書店 エリス・ヤング(著)上田勢子(訳)
ノンバイナリー(男か女か、という性別二元論に当てはまらないジェンダーアイデンティティをもつ者)についての入門書。ノンバイナリーという概念や、ノンバイナリーの人々が置かれている状況、ノンバイナリーの人々が経験する苦悩などを紹介している。

